大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和28年(ワ)4012号 判決 1955年4月19日

原告 広渡英一

被告 東陽商事株式会社

主文

被告は原告に対し金七十九万円並にこれに対する昭和二十八年六月二十三日から完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告が金二十五万円の担保を供するときは第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次の通り陳述した。

原告は雑殻類芋類等の売買を業としていたものであり、被告は雑穀類等の売買輸出入を業とする会社であるが、昭和二十七年十月十三日原告は被告から甘藷の買受けの申込を受けて即日これを承諾し、これによつて同日原被告間には、原告を売主被告を買主とし、売買の目的物を茨城県昭和二十七年度産(茨一、農林二二号を除く)工業用甘藷正味十二貫入二万五千俵とし、売買代金を通商産業省石岡工場特込又は貨車乗渡一俵につき三百十五円と定め、代金は工場持込の場合は概ね翌日貨車乗の場合は甲片引換に現金で支払うこととし、同年同月十七日以降十一月上旬までの間に目的物を被告の指定する先に送付する、という被告の申込通りの内容の売買契約が成立した。仮に被告主張の如く右十月十三日に原告が承諾の意思表示をしなかつたとしても、原告はその後直ちに右の意思表示を記載した売約書と題する文書を被告あてに郵送しているから、これによつて右の売買契約は成立した。

そこで原告は右の契約による甘藷の引渡義務を履行するため、訴外出沼相之助同前川守雄から右約旨通りの甘藷各五千俵を、同山内一郎から三千俵を、同足立国輔から一千俵を、それぞれ一俵につき二百九十円で、同福田民次から五千俵を、同林一作から六千俵を、それぞれ一俵につき二百七十五円で買受け、合計二万五千俵を七百八万五千円で買受けて前記約旨通りの甘藷を被告に引渡す準備をととのえた上、同年十一月三日付四日到達の書面を以て又それ以降再三にわたり被告に対し右の旨を通知して甘藷の納入場所を指定することを求めたが、被告はその指定をしなかつた。そこで原告は同年十二月二日被告に対し一週間以内に甘藷を引取るよう催告を発し、この催告は同月三日被告に到達したが、被告は遂に右期間内に甘藷の受領をしなかつた。よつて原告は同月二十一日被告に対しその受領遅滞を理由として前記売買契約を解除する旨の意思表示を発しこの意思表示は翌二十二日被告に到達したから、これによつて右契約は解除せられた。

このため原告は右契約に基き被告に対して有する七百八十七万五千円の代金債権を失つたが、一方前記訴外人等から七百八万五千円で買入れた甘藷を被告に引渡す義務を免れたから、結局被告の債務不履行により、以上の差額七十九万円の得べかりし利益につき損害を蒙つた。よつて被告に対し右金員及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十八年六月二十三日から完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

尚、本件売買契約が停止条件付のものでありその条件は未だ成就していないとの被告の主張事実はこれを否認する。

以上の通り述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁として次の通り述べた。

原告の主張事実中、原告及び被告がそれぞれ原告主張のような事項を業とするものであること、原告主張の日に被告が原告主張のような内容の甘藷買受けの申込をしたこと、昭和二十七年十一月三日付四日到達の書面を以て原告がその主張のように被告に対し甘藷の納入場所の指定を求めて来たことは、何れもこれを認めるが、その余の事実は全部否認する。

被告は右のように甘藷買受けの申込をしたが原告はその主張の日にその主張の如き承諾の意思表示をしたことがないばかりでなく、その後においてもそのような意思表示は全くしていない。即ち被告は前記買受申込の意思表示を記載した買約書と題する前記十月十三日付の書面を作成してこれを原告に送付すると同時に、同一内容の売約書と題する書面をも原告に送付し、原告が右申込を承諾するときは右売約書に捺印して被告に返送するよう申入れたが、原告はこれを返送して来なかつた。従つて、原告の主張するような売買契約は、原告の承諾の意思表示がなされていないから、成立していない。

仮に右承諾の意思表示がなされ契約が成立したものとしても、もともと被告が原告に対し前記の申込をしたのは、訴外日本糧穀株式会社から同会社が通商産業省のアルコール製造工場へ入札によつて納入する甘藷の買付を依頼されたためであつて、この入札が成功しない限り被告としてもこの甘藷を必要としない事情だつたので、被告は申込に当り右の事情について原告の了解を求め、結局右訴外会社が入札に成功することを停止条件として本件売買契約を成立させたのである。しかるに右訴外会社は昭和二十七年十月十七日から同月二十九日までの間四回にわたり前記競争入札に参加したが、何れも入札することができなかつた。従つて前記の停止条件は未だ成就するに至つていないから、本件売買契約は未だ効力を生じていない。

仮に右売買契約が有効に成立したとしても、原告が売買の目的物を被告に引渡す準備を完了したようなことは全くないのみならず、これを受領すると否とは買主たる被告の権利であつて義務ではないから、被告がこれを受領しないことにより原告が損害を蒙つたとしても被告がその損害を賠償する義務はない。

よつて何れにせよ原告の本訴請求は失当である。

以上のように述べた。<立証省略>

理由

昭和二十七年十月十三日に被告が原告に対し原告主張のような甘藷の買受けの申込をした事実は当事者間に争がない。而して成立に争のない甲第一号証、乙第一号証証人貫井正二、吉田{折心}の各証言に原告本人尋問の結果を併せ考えると、原被告間にはかねてから甘藷の売買の交渉が進められていたが、昭和二十七年十月十三日に被告会社において、原告が、被告の社員で穀物等に関する契約締結の権限を与えられていた貫井正二等に対し、被告の前示買受申込を承諾する旨の意思表示を口頭でするに至つたので、こゝに原被告間には右申込通りの条件で原告が被告に甘藷を売渡す旨の合意が終局的にまとまつたこと、その際、被告の申込の意思表示を記載した買約書と題する書面が被告から原告に交付されたのに反し、これに対する原告の承諾の意思表示を記載した文書は原告から被告に交付されなかつたが、両当事者とも売買契約は既に成立したと考えていたので、右の如き文書の授受には深く留意することなく、原告は甘藷の買付先と被告はその転売先との間でそれぞれ交渉を進めたことが、認められる。以上の事実から見れば、原告が承諾の意思表示を文書によつてしたと否とにかかわりなく、前示の口頭による承諾の意思表示によつて原被告間には原告主張のような内容の売買契約が成立したものと認めるべきである。この認定を動かし得る証拠はない。

次に成立に争のない乙第二号証と前記両証人の証言とによれば、被告が原告と本件売買契約を締結するに至つたのは、被告の取引先である訴外日本糧穀株式会社から、同会社が通商産業省のアルコール工場に納入する甘藷の買付けを頼まれたためであること、従つて被告としては原告から本件契約による甘藷を入手すればこれを右訴外会社に転売する予定で同会社との間に売買契約を結んでいたこと、以上の事情は本件契約の締結に際して原告もこれを了知していたので前示の如く右契約中には通商産業省石岡工場持込の場合の定めがなされたことを、認めることができる。しかし以上の事実だけで、被告の主張するように右訴外会社が通商産業省への甘藷の入札に成功するまでは本件売買契約の効力が生じない旨の合意が原被告間に成立したと認めることは困難であり、他にこのような事実を認めるに足りる証拠はない。そればかりでなく、前記貫井証人の証言によると、日本糧穀株式会社社員の話では通商産業省への入札は確実に取れる見透しになつているとのことだつたので、被告もこの話を信用して原告と本件契約を結ぶに至つたものであることが認められ、このような事実から見ても、被告は原告と本件契約を締結するに当つて被告主張のような条件を特に付することはしなかつたものと認めるのが相当である。

次に原告の本件売買契約履行の準備完了の有無について検討する。甲第五乃至第七号証、第九、十号証(甲第六号証は証人前川守雄の証言により、第十号証は証人林一作の証言により、その他の各号証は右両証人の証言並に本件弁論の全趣旨により、何れも真正に成立したものと認める)、成立に争のない甲第二、第四、第十一号証の各一及び証人前川守雄、林一作の各証言並に本件弁論の全趣旨を併せ考えると、原告は前示売買契約に基く甘藷の引渡義務を履行するため、訴外出沼相之助、前川守雄、山内一郎、足立国輔、福田民次、林一作から、その主張の如き品質数量の甘藷をその主張の如き代価で買入れる契約を結んだことが認められる。したがつて結局原告は本件売買契約上の義務履行のため前記五名から甘藷二万五千俵を合計七百八万五千円で買受けて右の義務履行のための準備をととのえたものと認めるべきである。証人貫井正二、吉田{折心}の各証言並に成立に争のない乙第四号証によると、後記の如く被告は原告の甘藷を引取ることができなくなつてから、原告に対し、二、三箇所の買取り先を斡旋したが原告はその買取り先へは甘藷を送付しなかつた事実が認められるが、このような事実だけでは未だ前示の認定を覆して原告の甘藷買入れの事実を否定するには足りず、ほかにこの認定を左右し得る証拠はない。

而して原告が昭和二十七年十一月三日付四日到達の書面を以て被告に対し甘藷を引渡す準備をととのえた旨を通知してその引渡先を指定すべきことを要求したことは、当事者間に争がない。そして成立に争いない甲第四号証の一、二、第十一号証の一乃至三に証人貫井正二、吉田{折心}の各証言と、原告本人尋問の結果を併せ考えると、前記日本糧穀株式会社は通商産業省のアルコール工場への入札に成功せず、そのため被告は甘藷の転売先を失つたので原告の甘藷引渡先指定の前記要求に応ぜず、同年十二月二日になされた、一週間内に甘藷を引取るべき旨の原告の催告にも応じなかつたこと、そこで原告は同月二十一日被告に対し被告の受領遅滞を理由として本件売買契約を解除する旨の意思表示を発し、この意思表示は翌二十二日被告に到達したことが、認められる。そこで右の契約解除はその理由があるかどうかについて考えるに、被告は本件売買の目的物を受領するとしないとは買主たる被告の権利であつて義務ではないと主張している。しかし契約により債権債務関係を結んだ当事者は、信義誠実の原則の要求するところにしたがつて相互に給付の実現に協力すべき義務を負うものと解すべきである。給付が債務者の行為のみにより完了する場合は格別、債権者の協力なしでは完了し得ない場合には(而も債権者の協力行為を全く要せずに給付が完了し得る場合はむしろ稀である)、この協力によつて給付の実現をはかることは債権者の法律上の義務であるといわなければならない。本件において売主たる原告が甘藷の引渡義務を果すためには、買主たる被告においてその引渡先を指定することが必要なことは前示認定の経緯から明かである。したがつて、原告が前示の如く履行の準備をととのえた旨を通知して口頭による提供をした以上、被告はすみやかにその引渡先を指定して原告の履行を可能ならしめることをはかるべき法律上の義務があるといわねばならない。しからば、前示のように、被告が原告の再三の要求にもかかわらず遂に引渡先の指定をなさず、原告の履行の提供を拒んだことは、それが被告の責に帰すべからざる事由に基くものでない限り、右の義務に違反するものであつて、被告は原告に対し債務不履行の責任を負うものと認めるべきである。そして本件における被告の受領拒絶がその責に帰し得ない事由によるものである旨の主張も立証もない(被告が前示のように甘藷の転売先を失つたという一事だけでは右のような事由を認めるには足りない)以上被告は原告の約旨に従つた提供を拒絶することによつて買主としての受領義務を遅滞したものと認めるほかなく、この受領遅滞は原告において相当の期間を定めて受領を催告した上本件売買契約を解除する理由となり得ると解すべきである。よつて前記原告の解除の意思表示の到達により本件売買契約は解除されたものと認めなければならない。

そこで被告は右の受領義務遅滞により原告の蒙つた損害を賠償する義務を負うものと認めるべきであるが、次にその損害の額について検討する。前示の如く原告は本件契約上の甘藷引渡義務を履行するため甘藷二万五千俵を合計七百八万五千円で買受けたが、これを被告が受領した場合には約旨の単価によつて計算した七百八十七万五千円の金員の支払を受け得たはずであると認められる。そして原告は前記契約解除により右の代金債権を失つたが、一方前記の七百八万五千円で買入れた甘藷の引渡義務を免れたから、以上を差引いた七十九万円が被告の受領義務遅滞により原告の蒙つた損害の額であると認められる。

而して原告及び被告が原告主張のような事項を業とするものであつたことは当事者間に争なく、本件売買は商行為であると認められるから、被告は原告に対し右七十九万円並にこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明かな昭和二十八年六月二十三日から完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があること明かである。よつて原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 山本実一 新村義広 秦不二雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例